Rhee_Syng-Man_in_1948●反日教育は初代大統領からはじまった
 以前、反日は朝鮮戦争以後、「共産主義」と「資本主義」に挟まれた朝鮮人が選んだものだという見解を書きました。
 反日教育が始まったのは、初代大統領・李承晩(イ・スンマン)から始められたものだというのは知っていたのですが、朝鮮人は「過去の為政者を常に恨む」ということが書きたかったので、あえてこの初代大統領のことは伏せて考えました。

 日本人は「隣の国だから友好の絆をつなげていけば、いつか分かり合える」と考えてしまいます。友好の努力は最近のことだけではなく、それこそ日朝修好条規を結んだ1876年あたりから日韓間で努力をしてきました。ただ、相手が日本人と同じように考えてくれる、と日本人は思いがちです。日本人側の努力が足りない、その発想がそもそも間違いなのです。日本側がどんなに良いことをしても、相手は手のひらを返し「敵意」を向けてくる、それが朝鮮人なのです。モンゴル族や満州族が力で押さえつけてようやく、朝鮮人は平伏しました。今の日本人にそれができますか?友好、友好、日本側に努力を求めてくるだけで、永遠に空回りの友好です。

 韓国の後ろには、北朝鮮、ロシア、中国とこれまた話し合いが通じない相手がいます。地政学的に言って韓国を「無視」することはできません。唯一できることは「常に距離を置く」ことです。韓国の「反日」の切り離せない文化であり、そういうものと考えて付き合ってゆくしかないのです。やりたければ「友好」の努力をしてください、しかし永遠にその努力の花が咲くことはないでしょう。
260px-Syngman_Rhee_2●イ・スンマンは昔も今も人気がない
 李承晩(イ・スンマン:1875年 - 1965年)は没落貴族の両班・王族の血縁の出です。彼は日韓併合が気に入らなかったのか若い時から独立を求め、上海の大韓民国臨時政府の初代大総理になったり、そこからおいでされてアメリカに渡ったのち(その後も滞在)、アメリカで独立運動家になります。

 1945年日本敗戦後、ソ連などが連れてきたキム・イルソンのように、反対側のアメリカがこのイ・スンマンを連れてきて韓国の初代大統領として据えます。もちろん、当時のほとんどの朝鮮半島の人々にとって「誰?」と思うくらい知名度もなかった人物です。韓国ではイ・スンマンは今でも人気がありません。

 彼が朝鮮半島=韓国に帰ってきたやりたかったこと、それはかつての李氏朝鮮社会の復活に過ぎませんでした。日韓併合を経験してない彼にとって、当然の判断だったでしょう。

EFCewX7U0AA1XXe●イ・スンマンの反日政策
 イ・スンマンは王族の血縁にもかかわらず、李王朝の復活は望みませんでした(王族は、日韓併合時代に皇族として扱われ生き残っています)。

 イ・スンマンにとって、「李氏朝鮮から続く正統性」が重要であって、日韓併合時代を認めるわけにはいきませんでした。だから韓国の憲法には「李氏朝鮮→大韓帝国→上海の大韓民国臨時政府→韓国」と、日韓併合時代を否定するような順序で国の成り立ちを書かせています。同時に「日本=蛮族の国」として否定する必要がありました。国民にも、日韓併合時代を認めさせないためです。また、朝鮮戦争時のイ・スンマン指揮の軍による、自国民虐殺の事件を隠す目的もあったとされています。

 「日本という蛮族が、李氏朝鮮を滅ぼした」「日韓併合時代の日本は残酷だった」「南北に朝鮮が分断されたのは日本のせい」という考えを植えけるため、ありとあらゆることに「反日」を徹底させました。その後の政権も、その政策を受け継いで今日に至るというわけです。


 日本人は、「韓国の反日的行動には訳がある」と考えてしまいます。日本人自ら、日韓併合時代は残虐でよくなかったと考える自虐史観が、この国全体をまだ覆っています。韓国(あるいは北朝鮮)のウソとの相性はバッチリ、これで彼らの反日行動を疑問に思う人がいなくなったわけです。

 日韓併合時代以上に、異民族のことを考えて実践した統治の例を挙げてみよと言いたいです。ありますか?あるわけないでしょう。

 韓国の反日は「他人のせいにして恨み続ける」という彼らの文化に深く浸透し、決して解消することはありません。「日韓友好」の民間の努力も、彼らの文化の前に崩れ去るのみでしょう。これは分かちがたい文化なのです。ウソばかりで、整合性もなく、他者を非難してばかり。文化とはそういうものなのです。